一夜にして消えた会社:班長としての責任と、再起の「大工コース」
総監督の忠告通りでした。 翌朝、現場へ向かう前に事務所に寄ると、そこは文字通り「もぬけの殻」。マジで夜逃げです。 一緒に働いていた50人から70人の仲間たち、そして私の班で汗を流してくれた10人ほどの部下。彼らの給料も、私の未払い分も、すべては闇に消えました。
当時の私は20代後半。貯金はようやく20万円を超えたかどうかという程度でしたが、それでも、数年を共にした仲間たちが飯も食えない状況を見過ごせませんでした。 「しばらくの飯代くらいは俺が持ったるわ」 そう言って、1週間ほどは仲間と食事をしながら、これからの身の振り方を語り合いました。情けない話ですが、それが当時の私にできる精一杯の義理でした。
泣き寝入りするつもりはありませんでした。 仲間と労働基準監督署へ出向き、未払給料の立替払制度を申請。8割の目処が立ったところで、次の一手を打ちました。 それが、職業訓練校への入学です。
状況が状況ですから、行政側も柔軟に対応してくれました。雇用保険の延長制度を使い、食い繋ぎながら技術を身につける。 選んだのは「大工コース」。 それまでプレハブ建築の手伝いなどは経験していましたから、全くの素人ではありません。でも、一度しっかり「木造建築」の基礎から叩き込みたい、そう強く思ったんです。
事情を知った訓練校側も「それは大変だったね」と枠を確保してくれました。 大学中退、専門学校中退、そして会社の倒産。 ボロボロの履歴書を抱えたまま、私は「大工の卵」として、新たな場所でカンナを握ることになりました。
社会のレールから外れた人間が、再び立ち上がるためには、きれいごとだけでは無理です。 使える制度はすべて使い、空いた枠に強引にでも指を突っ込む。 この執念が、後に「理論の資格」と「現場の技術」を融合させた私の強みへと繋がっていくのです。
さて、ここから始まる大工修行。 そこで私は、自分の人生を支える「ある重要な気づき」を得ることになります。
