相場師としての視点、第2回です。相場に手を出すと、とにかくメンタルを削られます。そうなると、人間はどうしても「確かな情報」に縋りたくなる。私も昔はそうでした。
世の中には経営コンサルタント、経済評論家、投資レポート……いかにも説得力のある話が溢れています。それを聞くと、「これさえ信じれば儲かるんだ」という全能感に包まれる。でも、ここで一つ、冷徹な真実を突きつける必要があります。
なぜ彼らは「自分」で相場を張らないのか
もし、その経済評論家の相場観が100%正しいのなら、あるいは経営コンサルタントの戦略に絶対の自信があるのなら、彼らは自分で相場を張り、自分で会社を経営すればいいだけの話です。
でも、彼らはそれをしない。なぜか。自分でリスクを取るよりも、他人にリスクを取らせて、自分は安全な場所から言いたい放題言っている方が「楽」だからですよ。
必勝法がない、という現実を認める勇気
自ら相場に身を投じ、身銭を切っている機関投資家などの言葉は別です。彼らは経験という痛みを伴う情報を話している。まぁ、ポジショントークも多いとは思いますけどね。 いずれにしても、多くの「外野」の言葉を鵜呑みにするのは、極めて危険です。
ニュースを見て、評論家の予測を聞いて、「そうなるのか」と思ってポジションを持つ。でも、結果は全く逆。そんなことはザラです。結局のところ、どんなに権威のある予言も「当たるも八卦、外れるも八卦」の域を出ないんです。
この世に「完全な情報」も「必勝法」も存在しない。 その残酷な現実を真っ向から認めた時、初めて本当の相場が始まると私は思っています。
情報を得ることは無意味ではありません。新しい視点を与えてくれることもある。けれど、最後に判断を下し、その結果責任をすべて負うのは自分自身です。
誰かの予測に人生を預ける「お客さん」でいる限り、相場の世界で生き残ることはできません。情報の裏にある「責任の重さ」を嗅ぎ分ける目を持つこと。それが、私がこの世界で学んだ最も重要な教訓の一つです。
