AIを使っていて、ずっと思うことがあるんです。確かに、思考の整理や壁打ちに関しては、驚くほど高いレベルまでやってくれます。
でもね、じゃあ「ホームページを作る」という作業を例にしてみましょうか。AIに頼めば、綺麗な画像は作ってくれるし、整ったレイアウトも提案してくれます。でも、そこから先……本当に「人間がやらざるを得ない」領域が、確実にあるんですよね。
「私が使うもの」だから、私が手を動かす
このサイトだって、WordPressという仕組みの上で動いています。指示を出すのは私だし、記事を流し込むのも私です。なぜか? それは「私が使うから」であり、「私に関わってくれる人に見てもらいたい」から作っているわけです。
「AIが全部やってくれるから、自分は何もしなくていい」なんてことは、あり得ない。だって、自分が使いやすいように、自分が納得するように構築しないと、それはもう自分の城じゃないですからね。
全部をお任せして、自分は眺めているだけ。そんな時代が来たら、それこそ哲学的に難しい問題になってしまいます。でも、現状は違います。AIと協力して形を作ったとしても、最後の「実装」において人間が動くのは、ごく当たり前のことです。
「分かったつもり」と「形にできる」の決定的な差
ここでね、一番怖いのは「行動できないこと」だと思うんです。AIが情報を出してくれるから、なんだか自分も分かったような気になってしまう。それって、以前お話しした「歴史を語る評論家」と全く同じなんですよね。
情報を得て満足するのと、実際に形にするのとでは、天と地ほどの差があります。結局、自分の手で実装して、形にできない限り、物事は一歩も前に進んでいかない。
「何をやりたいか」は人間が決める。 「どう作るか」をAIと共に考える。 そして「最後に実装して使う」のは、人間が主導権を握る。
この役割分担を忘れて、ただ情報を眺めているだけでは、自分の足で立つことなんてできません。泥臭く手を動かして、最後に自分の指でスイッチを押す。その「実感」こそが、今の時代に一番求められている職人の姿勢なんじゃないでしょうか。
