投稿者: bsdiyai.com

  • 資本主義=悪?

    資本主義=悪?

    資本主義について思うこと。あの、これもね、私は別に資本主義を全肯定しているわけじゃないんですが、だからといって全否定する気も全くないんですよね。

    よくね、いわゆる「目覚めた系」というか、世の中の真実を知っているんだ、という感じで活動されている方にお会いすることがあります。武術界隈にはあんまりいないんですけど、社会活動を熱心にされている方に多い印象ですね。

    そういう方々が社会のために動いてくださるのは、私としてはありがたいし、感謝すらしているんです。でもね、ちょっとだけ思うことがあるんですよ。

    恩恵を受けながら、根っこを否定していないか

    環境を大切にしましょう、自然を大事に。それは私もそう思うんです。ただ、その話の中に必ずと言っていいほど「資本主義そのものを否定する」ような思想が組み合わさってくる。そこに違和感があるんですよね。

    資本主義って、そこまで問題なのかな、と。確かに貧富の差が広がったとか、問題はいっぱいありますよ。でも、人類全体で見た時に、果たして彼らが言い切るような「絶対的な悪」なんでしょうか。非常に疑問です。

    だって、今のこの文明の利点を、私たちは最大限に享受しているじゃないですか。

    こうしてネットを使って情報を共有できるのも、YouTubeやSNSで簡単に学べるのも、全部この仕組みのおかげなわけで。昔だったら、何かを一つ学ぶにしても、いちいち教室に通って、時間も手間もお金もかけて、物理的な制約の中でやっていくしかなかった。

    「道具」が悪いのか、それとも「使い手」か

    今は、そこそこのレベルまでならネットの情報だけでパッと辿り着けちゃう。基礎的な部分の底上げが、これほどまでに簡単になった。この文明の進化まで全否定してしまうのは、ちょっとどうなんだろうな、と正直思うんです。

    環境を破壊してまで利益を追うのは、それは私も「違うだろう」と思います。でも、それは資本主義という「仕組み」が悪いんじゃなくて、結局、それを運用している「人間」側の問題じゃないですかね。

    道具も、技術も、資本主義も。それ自体に善悪はない。
    それをどう使い、どう生かして、自分の足で立つために活用するか。

    全否定して新しい「何か」を夢見る前に、今ここにある仕組みの恩恵を認め、それを正しく使いこなす。そういう、職人的なバランス感覚が必要なんじゃないかな、と日々感じています。

  • 歴史と情報の不確かさ

    歴史と情報の不確かさ

    えーとね、ちょっと日々思うことで、歴史についてなんですけど。
    皆さんね、まあ歴史がああだこうだという感じでよく言われるんですけど、正直なところ、ほとんどの方……いや、私も含めてですけど、私たちは一体、歴史の「何」を知ってるんでしょうかね。

    「誰かの解釈」を食べて生きていないか

    文献にはこう書いてある、とか。あの人がこう言っていた、とか。
    そういう情報を、皆さん一生懸命に自分の中に入れますよね。でも、それが正しいか正しくないか以前に、そこには「人の解釈」がものすごく入り込んでるんじゃないかな、っていうのが私の認識なんです。

    情報を入れること自体は否定しませんし、参考にするのはいいんですよ。でも、そこを聞いただけで「あれは正しい」「これは間違っている」なんて断定しちゃうのは、なんというか……見ている世界がものすごく狭い気がするんです。

    今日起こっている出来事だって、私は「何が本当か」なんて分かりません。

    誰が何を言った、誰が何をした。世の中には分かったような顔をして断定する人が多すぎます。いや、あなたはその人の何を知っているんですか? その出来事の、一体どこまでを見てきたんですか? と聞きたくなる。

    評論家になっても、人生は1ミリも変わらない

    最近に限らず、昔からそうなんですけど、この手の話に本当によく遭遇します。皆、立派な「評論家」なんですよね。
    でもね、あえて聞きたいんですけど、その情報を聞いたからって、あなたの人生、何か変わるんですか?

    武道だってDIYだってそうです。本に書いてある理屈をいくら並べたところで、自分の身体が動かなければ、あるいは目の前の材料が組み上がらなければ、それは「無い」のと同じなんですよ。

    私は正直に言います。何が本当のことかなんて分かりません。
    だから「分からない」と言っているだけなんです。

    「分からない」と言える強さ

    こういう話をすると、「お前は何も知らないのか」なんて扱いをされることもあります。でも、本当に歴史の正しさなんて、誰に分かるんでしょうか?
    結局のところ、それぞれが自分の「立場」から、都合のいい解釈を話しているだけに過ぎないんじゃないか。

    情報の渦に呑まれて、分かったような顔をして他人をジャッジする。そんな暇があるなら、自分の手で触れられる現実、自分の足で立てる感覚を磨いたほうがいい。
    私はそう思います。

    正解を探すんじゃなくて、分からないなりに「自分の事実」をどう作るか。結局、職人の生き方ってそこに行き着くんですよね。

  • 第25話(終話)

    第25話(終話)

    完結:正しさの呪縛を解き、自分の足で立つために

    こうして、私の人生は迷走と逆転を繰り返してきました。 国立大学を辞め、ホームレスになり、会社は夜逃げ。資格を武器に組織の長にまでなりましたが、最後は社会全体の「正義」という名の狂騒に愛想が尽きました。

    そんな私が、健康問題や心の葛藤の中で救いを求めて飛び込んだ武術の世界。 そこに、長年の問いに対する答えがありました。

    「この世に『絶対的な正しさ』なんてものはない。あるのは、それぞれの立場から見えた景色だけだ」

    武術の師から説かれたこの言葉に、私は初めて救われた気がしました。 マスクをする・しない、ワクチンを打つ・打たない、肉を食べる・食べない。 世の中の争いはすべて、自分の「正しさ」を相手にぶつけ、屈服させようとすることから始まります。

    でも、武術が教えてくれたのは、相手の「正しさ」にぶち当たらない道でした。 お互いの立場が違うだけ。それを認めた上で、自分は自分の理を追求する。相手を攻撃するのではなく、自分がどう動けば調和できるのか、あるいは、どうすればその争いの渦から抜け出せるのか。

    私が今、DIYを教え、AIを研究し、武術を磨いているのは、誰かを否定するためではありません。 「正しさ」という不確かなものに依存せず、物理的な事実と、自分自身の身体感覚だけを信じて生きる。その「自立」の楽しさを、一人でも多くの人に伝えたいからです。

    もしあなたが今、組織や社会の「正しさ」に押し潰されそうになっているなら、少しだけ視点を変えてみてください。 その正しさは、誰かの立場から見た都合に過ぎないかもしれません。 そんなものと戦うより、自分の手で何かを作り、自分の頭で考え、自分の足で立つ準備を始めてみませんか。

    私の物語は、ここで一度筆を置きます。 これからは「武術創造 DIY・AI研究所」の活動を通じて、具体的な「生き抜くための武器」を共有していければと思います。

    長い間、お付き合いいただきありがとうございました。 それでは、また。

  • 第24話

    第24話

    参政党に参加で見えた「組織」の限界と、その先にある「個」の繋がり

    海外では早々に解消されつつあったコロナ騒動の「おかしさ」が、日本では4年以上も続きました。まさかこれほど長引くとは思っていませんでしたが、数年間にわたる社会の思考停止を目の当たりにし、「どうにかしてくれ」という思いが行動に変わりました。

    その中で私は、当時立ち上がったばかりの「参政党」に加わりました。「自分たちで考え、自分たちで創る」という理念に惹かれたんです。世間ではいろいろ言われていましたが、少なくとも当時の私には、同調圧力に抗う唯一の勢力に見えました。

    しかし、実際に中に入ってみて直面したのは、理想とは裏腹な「組織」の現実でした。 「みんなで話し合って決める」はずが、結局は「本部が言っているから」「支部長が決めたことだから」と、思考を止めて従うだけの構造。かつて私が嫌った「組織のしがらみ」が、そこにも形を変えて存在していました。

    「組織の看板が何であれ、運用するのは人間。そこにはまた別の同調圧力が生まれ、自分の正義を疑わない人々が他者を裁き始めていた」

    集まった人々の中には、極端な健康原理主義などに傾倒する層も一部におり、そうした方々と理屈の面で対立することもありました。しかし、救いだったのは、党員の中にも私と同じように冷静に状況を俯瞰し、極端な思想を嫌う「まともな感覚」を持った方々が確実にいたことです。

    組織の運営方針には疑問を感じることもありましたが、そこで出会った価値観の近い仲間たちとの交流は、今でも大切に続いています。結局、看板がどうであれ、最後に残るのは「個人」としての信頼関係なのだと痛感しました。

    誰かが決めたルールに盲従するのも、組織のトップを絶対視するのも、私に言わせれば同じです。 私は、どちら側にも与したくない。 ただ、自分の目でデータを見、自分の身体で理(ことわり)を感じ、信頼できる個人と繋がる。 その「個」としての誇りを守ることが、何より重要だと確信しました。

    さて、長々と私の半生を語ってきましたが、最後は、今この息苦しい社会で立ち往生しているあなたへ、メッセージを伝えて終わりにしたいと思います。

  • 第23話

    第23話

    狂騒のコロナ禍:データと理屈が通じない「思考停止」の社会

    コロナ騒動の当初、私もテレビやネットを見て「大変なことが起きた」と構えていました。 しかし、建築物環境衛生管理技術者として、日々現場のデータを扱い、事実を積み上げる立場から見ると、報道されている内容にはあまりにもおかしな点が多すぎたんです。

    例えばPCR検査。本来、医療の確定診断にそのまま使うものではないと明記されていたはずなのに、いつの間にかそれが「絶対の基準」にすり替わっている。 緊急事態宣言が出てテナントが休みになり、皮肉にも時間ができた私は、徹底的にデータを分析しました。

    「これはタチの悪い風邪のレベルであって、なぜ社会を止める必要があるのか? 行政のオペレーションは現状把握すらできていない。私には、これまでのインフルエンザを別の名前に置き換えて騒いでいるだけにしか見えなかった」

    何より腹立たしかったのは、マスクをしない人間を「非国民」のように扱う世間の同調圧力です。 咳エチケットとしての意味はわかります。でも、症状がない人間まで常時着用を強要され、それをしないと施設にも入れない。メーカーの箱にさえ「ウイルスは防げません」と書いてあるのに、なぜ皆、その矛盾に目をつむるのか。

    「よくわからないから、できることは全部やれ」という考えもわからなくはない。 でも、3月末の時点で数字のピークは過ぎており、例年の傾向と同じだとデータが示している。理屈よりも「空気」を優先し、異分子を排除しようとする社会の姿に、私は底知れぬ恐怖と嫌悪感を感じました。

    理系脳の私にとって、根拠のないルールに従わされることほど苦痛なことはありません。 組織という大きな船が、根拠のない「空気」だけで舵を切り、崖に向かって進んでいく。 その船に乗っていること自体が、私にはもう耐えられなかったんです。

    この「社会の狂気」を目の当たりにしたことが、私に最後の一歩を踏み出させました。 組織の看板も、安定した給料も、この「思考停止の集団」から抜け出すためなら惜しくはない。

    こうして私は、自分の手で人生を構築する「完全な自立」へと舵を切ることになります。 これが、私の長い旅路の、ひとまずの終着点であり、新たな始まりです。

  • 第22話

    第22話

    組織の限界と「コロナ騒動」:安定の裏側に潜む違和感

    所長としてのキャリアも長くなり、現場のオペレーションは完全に掌握していました。 自分で仕組みを決め、自分が現場を100%把握している。この「自分がコントロールできている」という感覚は、かつてドロップアウトを繰り返していた頃には想像もできないほど、自由で、恵まれたものでした。

    もちろん、組織特有のしがらみはあります。でも、好き勝手やらせてもらっている。 「100%完璧な環境なんてない。今の自分は、十分に恵まれているんだ」 そう自分に言い聞かせ、組織の一員としての自分と、職人としての自分を折り合わせて、それなりに納得して生きていました。

    「しかし、あの『コロナ騒動』がすべてを変えました。メディアが煽る恐怖に、世の中が、そして組織が、なだれを打って飲み込まれていったんです」

    連日のようにテレビが流す「世界が終わる」かのような報道。 理屈で考えれば、あるいは現場の物理的な事実を積み上げれば、どこかおかしいと気づけるはずなのに、世の中の大半の人はメディアの言葉に感化され、思考を停止させていきました。

    私がこれまで磨いてきた「技術」や「理論」、そして「理屈で納得して動く」という姿勢。 それが、感情的なパニックに支配された社会や組織の中では、何の役にも立たないどころか、むしろ「異分子」として扱われ始める……。そんな不気味な予感がありました。

    「正気でいることが、これほどまでに難しいのか」 狂騒に沸く世間を冷めた目で見つめながら、私は確信しました。 どんなに恵まれた現場であっても、最後に自分を守ってくれるのは組織ではない。 自分の頭で考え、自分の足で立つ、真の「自立」が必要な時が来たのだと。

    このコロナ禍での違和感が、私を最終的な「FIRE(早期リタイア)」へと押し出す決定打となりました。 組織という安全な檻から飛び出し、完全なる自由へと足を踏み出した決断。 その最後のお話をしましょう。

  • 第21話

    第21話

    「七五三」の所長と、大嫌いな法律という武器

    所長になって一番困ったこと。それは、これまでの私の経歴の中に「客先との折衝」なんて経験が一秒もなかったことです。

    スーツ姿なんて、今でも全く似合いません。講師をやっている今ですら、鏡を見れば「七五三かよ」と自分で突っ込みたくなる。全く柄じゃないんです。 でも、現場を預かる以上、お客さんとの交渉は避けて通れません。こちらの言い分を通すにも、相手の要望を整理するにも、「法律的な根拠」がなければ話が前に進まないんです。

    「法律なんて、結局は人が決めた屁理屈ですよ。でも、社会という戦場で戦うには、その屁理屈を使いこなすしかなかった」

    正直、法律関係の勉強は大嫌いです。それでも、必要に迫られて「管理業務主任者」などの資格にも手を出しました。別にマンション管理の仕事がしたいわけじゃない。ただ、現場を守るための「盾」として、その知識が必要だっただけです。

    地域の会合やビルの打ち合わせに出向くと、さらに別の絶望が待っていました。 こちらは設備の実態を把握した上で話しているのに、相手には全く話が通じない。向こうは「書類をきれいに片付けること」のプロではあっても、現場の物理的なリスクには無頓着。 そんな相手に、私がいちいち「理屈」で突っかかっていくもんだから、いらん敵を増やしたことも一度や二度じゃありません。

    「技術」だけでは、組織という化け物には勝てない。 かといって「法律」や「形式」だけでは、建物は守れない。 その板挟みの中で、私は「職人の魂」を抱えたまま、無理やり「管理者の仮面」を被って戦い続けていました。

    技術、資格、法律、そして投資。 あらゆる武器を揃え、戦い抜いた先に、ようやく「自分の足で立つ」という本当の自由が見えてきました。

  • 第20話

    第20話

    「電験三種」と現場のリアル:理屈を追い求めた半年の記録

    ビル管理の現場において、電気は切っても切れない存在です。今の建物は電気が止まればただの箱。多くのビルは電気保安協会などの専門機関が管轄していますが、トラブルの際に彼らがすぐに駆けつけられるとは限りません。

    現場の責任者として、不測の事態に「何も分かりません」では話にならない。その危機感から、私は電気分野の知識習得に励みました。その過程で挑んだのが「電験三種(第三種電気主任技術者)」です。

    正直、これまでの資格は1ヶ月か2ヶ月もだらだら勉強していれば取れるレベルのものでした。しかし、電験だけは勝手が違った。難しいことは最初から分かっていましたが、「なぜそうなるのか」という理屈が腑に落ちないと気が済まない性格もあり、この時ばかりは半年間、腰を据えて勉強と向き合うことになりました。

    「理屈がわかっていないと、正しいオペレーションは取れない。たとえ実務で使う機会が限られていても、中身を知らずに運用することは私には許せなかった」

    ただ、苦労して資格を取ったからといって、現場でその高度な理論を振るう機会が毎日あるわけではありません。むしろ、せっかく身につけた知識も、実際のオペレーションで活かせる場面は意外なほど限られていました。

    それでも、電気の理論を紐解いた経験は無駄ではありませんでした。電気という「核」を理解したことで、空調、給排水、消防設備といった他の設備も、すべては一つの巨大なシステムを構成する断片に過ぎないと気づけたからです。

    「資格マニア」になりたかったわけじゃない。 ただ、現場で自分の足で立ち、何が起きているかを自分の頭で判断したかった。そのための「根拠」を求めた結果、気づけば手元に数えきれないほどの免状が積み上がっていた。それが、職人としての私の戦い方でした。

    こうして手に入れた「技術」と、並行して続けていた「投資」。 この両輪が、やがて私を「組織からの解放」へと導くことになります。

  • 第19話

    第19話

    入社1年目の所長就任:積み残された課題と業者との対峙

    現場の空気というのは正直なものです。 本来の所長を飛び越えて、私に直接お客さんから相談が来る。そんな状態が続けば、組織としてのバランスは崩れます。会議に呼ばれるのも私、頼られるのも私。

    結局、お客さんからの要望もあり、入社して1年足らずで私が「所長」を引き継ぐことになりました。前任の所長は現場のボイラー運転員に戻るという、異例の交代劇でした。

    腰掛けのつもりで入った世界で、いきなり「現場の顔」として責任を負う立場になった私を待っていたのは、想像以上にずさんな現状でした。特に、行政関係や消防関係の届け出・手続きが全く片付いておらず、まずはその「積み残し」を一つずつ処理することから始めなければなりませんでした。

    「専門業者といえども、提案がコストに見合っていなかったり、作業が手抜きだったりすることも珍しくない。それを見逃せば、最後には私の責任になる」

    業者は自分たちの都合や利益を優先して提案してきます。しかし、現場の予算も設備の寿命も有限です。コスパを無視した過剰な提案や、逆に手間を惜しんだ手抜き作業。それらを見抜き、ダメ出しをして正していくのが私の仕事になりました。

    「このままでは、業者の言いなりで現場の質が落ちていく。自分がもっと詳しくなって、彼らの理屈の穴を埋めるしかない」

    現場の責任者として、何かあれば「業者のせいです」では済まされません。行政への不備も、業者のミスも、すべては私の管理不足として問われます。この逃げ場のない実務上のプレッシャーが、私を知識習得へと向かわせました。

    「騙されないためには、実務の裏側にある理屈を知るしかない」 こうした日々の不備や業者とのやり取りをこなしていく中で、より深い知識の必要性を感じ、私は『電験三種』などの試験にも取り組むことになったのです。

    ここから、日々の現場対応と並行して、電気理論を学び直す時間が始まりました。

  • 第18話

    第18話

    「資格の横展開」と、機能不全のリーダーシップ

    ビル管理業界への潜り込みも、一筋縄ではいきませんでした。なにしろ、リーマンショック後の就職難です。 けして待遇が良い業界ではありません。それでも当時は一人の非正規募集に対して、5人から6人が殺到するような超買い手市場。

    その中で、30代半ばという若さと、訓練校で揃えた資格が功を奏し、なんとか採用を勝ち取りました。

    この業界の良いところの一つは、給料を上げたければ、資格を取ればいい。それを使うかどうかは二の次で、まずは形にする。私は入社後、猛烈な勢いで資格を取りまくりました。

    「一つ核となる資格を取れば、他はすべて繋がっていく。電気の知識は消防設備へ、材料の知識はボイラーへ。知識の『横の繋がり』が見えた時、試験はただの確認作業に変わった」

    消防設備士なども含め、科目免除をフル活用して網羅していく。工学の基礎さえあれば、設備系の資格は面白いように繋がります。この「知識を体系化する」快感は、大工仕事で感じた「上達の喜び」と同じ種類のものでした。

    しかし、現場の人間関係はそう合理的ではありませんでした。 当時の現場所長が、お世辞にも優秀とは言えなかったんです。機械のオペレーターとしては普通で真面目に長年勤務されたという点は、評価すべき人でした。

    ですが、元営業職だという割には口下手で、客先との折衝も見ていられないほど下手くそ。自分が電話をかけておきながら、何を伝えたいのかも要領を得ない。客を激怒させることもシバシバ。

    本来、所長の仕事は、現場のトラブルを対外的にとりまとめ、収束させることです。技術的な運転は部下に任せればいい。しかしその一番肝心なことができない。 結局、入社したばかりの私のところに、客先からの相談やトラブルの対応が回ってくるようになりました。

    「規約では所長を通せ」となっていても、それでは仕事が前に進まない。 不条理だとは思いつつも、私は現場の泥臭い調整を肩代わりすることになりました。 でも、この「技術」と「交渉」の両輪を回した経験が、私を単なるオペレーターではない、真の『設備管理のプロ』へと押し上げてくれたのも事実です。

    そんな日常の中、私は着実に資格の山を築いていきました。 実務で使う機会は乏しくとも着実に、知識経験は蓄えられていく感覚はありました。