「何のために死ぬか」という問いが、迷走を止めた
えーとですね、私が迷走していた時期に出会ったのが、武術(武学)の世界で大切にされている「志(こころざし)」という考え方でした。 「あなたは何のために生き、何のために死ぬんですか?」 「何を成し遂げれば、我が人生に悔いなしと言って死ねますか?」 そんな問いを突きつけられるわけです。 今の時代、明日命がなくなるなんてリアルに感じることはまずありません。でも、かつて武術が生き残るために不可欠だった時代、先人たちは常に「死」を隣に置いて、この境地を追い求めてきた。その本質だけは、現代を生きる私たちも無視しちゃいけないと思うんです。
この「志」という軸がないまま、どれだけ便利な道具(AI)を手に入れても、それは魂の抜けたガラクタ遊びに過ぎない。
「陽志(ようし)」――まずは、自分がやっていて良いなと思えること
武学のワークを通じて自分と向き合う中で、ようやく見えてきたものがあります。 それが「陽志(ようし)」というもの。日向のように、自分がやりたいと思えることで誰かの役に立ち、明るく照らす志のことです。 「魂の志」なんていう高尚な域にはまだ至っていません。でも、私にはこれまで泥をすすりながら積み上げてきた、土建や電気、ビル管理、そして挫折の経験がある。 これを必要としている人に、何らかの形で伝えて役に立ててもらうこと。なんだかんだで、人に指導している時が私には楽しい。職業訓練校の非常勤講師もそうでしたし、今の講師業もそうです。FIREしている身でも続けているわけですから。それが今の私の「志」なんだと、ようやく腑に落ちました。志が決まれば、扱うべきAIも、その使い方も自ずと定まってきます。
